第1回WEB講座
スチュワーデス塾 「異文化講座」 から
イギリス人キャビンアテンダント訓練奮闘記
JCAA代表理事・スチュワーデス塾 塾長 川井利夫
はじめに
JALで、ヨーロッパ系外国人キャビンアテンダントが乗務を開始したのは、1989年の年明け早々でした。外国人キャビンアテンダントを大幅に増やした年です。従来からあった香港基地やサンパウロ基地に加え、ロンドン基地、フランクフルト基地、シンガポール基地を開設しました。その後、上海基地が加わり、それぞれの基地で、キャビンアテンダントの採用を行いしました。そして、旧JALウェイズ社では、バンコク基地を開設しました。一時は、JALだけで、8000人の客室乗務員のうち、1000人近くの外国人が乗務していました。さらに旧JALウェイズ社では、タイ人キャビンアテンダントが1300人余り乗務していました。
最初の頃は、邦人キャビンアテンダントも外国人キャビンアテンダントも、一緒に働くことに慣れていないため、一種の緊張状態が続きました。機内では、多少の摩擦や軋轢もありました。
現在では、彼女たちも、すっかり日本社会に溶け込み活躍しています。日本社会を知らずに飛び込んで苦労した第1期生やそれに続くSenior(ベテランCA)たちが、今やJunior(後輩)たちに、日本社会での仕事の仕方を教えています。
一方、邦人キャビンアテンダントも、彼女たちのことが分かるにつれて、彼女たちを特別な存在だと思わず、自然な姿で一緒に働いています。
筆者は、教官時代、ロンドン基地乗務員の最初のクラスと次の年のクラス、計2回の担任していました。その前には、少人数のブラジル人クラスにも携わっていました。
初めの頃は、ヨーロッパ系外国人を教えるKnow Howもなく、手探りの訓練でした。彼女たちについて、知っていたようで知らないことが多くありました。そのような手探りの中での訓練でしたので、毎日が異文化との出会いでした。それらについて綴っていきます。(以後、キャビンアテンダントをCAと書きます)
イギリス人キャビンアテンダント訓練奮闘記
―異文化との出会いー
プロローグ
《光がまぶしい》
日本人にちょうどよい明るさは、ヨーロッパ人にとって、やや明るすぎるらしい。授業中、訓練生から、
「教室の蛍光灯がまぶしいので、消してもいいですか」
と何回か言われた。教官の方は、なんとも薄暗くて、
「電気を消したら、テキストや黒板に書いてあることが、よく見えないでしあょう?」
と返すのだが、彼女たちは、
「私たちは、電気を消してもよく見えます」
「電気を消したくらいの明るさの方が、授業に集中できます」
それ以後、私のクラスでの授業は、室内照明なしで行うようにした。
〈そうなのだ、青い目は光に弱いのだ!〉
これが異文化なのだ、と変に感心してしまった。ロンドンで、ホテルの会議室を借りて授業をしていたときは、何も言わなかった。それが、東京での授業が始まったとたんに、教室が明るすぎるというのだ。そういえば、欧米人はよくサングラスをかけている。ただ伊達(だて)にかけているのではない。太陽がまぶしくてしょうがないのだ。
TVや映画に出てくる欧米の家は、どの部屋も部分照明になっている。ソファーの横やダイニングテーブルの上や部屋のコーナーにという具合だ。日本人からみれば、何となくうす暗い感じがする。あの明るさが、欧米人の好きな明るさなのだ。
CA経験者なら、思いつくフシがある。ヨーロッパのホテルに泊まると、部屋の中が暗い感じがする。本や新聞を読むとき、ソファー横の照明スタンドを近くに寄せて読むことになる。ベッドで本を読むときも、スタンドの明かりがもの足りなく感じることがある。
北ヨーロッパの冬は長く、ドンヨリとした雲に覆われた日が何日も続く。そして、外は厳しい寒さだ。冬は雨期と重なって、毎日じとじとしている。イギリスでもドイツでも、冬に太陽を見るのはまれである。国によって多少違うが、10月頃から6月頃まで、このようなドンヨリとした日が続く。ヨーロッパ人は、長い歴史の中、このような気候風土の中で生きてきた。光に強い目は必要としなくなってしまったのだ。
同じヨーロッパでも、スペインやイタリアやギリシャのように地中海性気候の国では、日本よりも太陽が強いので、人々の目は、光に強い黒い目(実際にはブラウン色)をしている。
《太陽がうれしい》
ヨーロッパの中でも、ドイツ人が一番旅行するそうだ。ドイツを含め、北ヨーロッパの人達は、太陽を求めて、南ヨーロッパへバカンスに出かける。休暇を長くとり、一年分の太陽を浴びに行く。
教室の着席位置は、特に決めていない。自分の好きなところに着席してよいことにしてあった。教室の広さは、一クラス20名用になっている。今回はそこに16人の訓練生しかいない。机の数に少し余裕がある。
訓練は1月に行われた。東京の1月は晴れた日が続く。窓からは太陽がさんさんと差し込む。
教室の電気を消して欲しい、といった訓練生たちが、窓に近い方に片寄って着席している。何人かは、太陽の光を直接浴びている。
〈電気を消せといったのに、これは何なのだ!明るい方に座っているではない
か〉
邦人クラスも含め、シンガポール基地や香港基地のクラスでも授業に出た。ブラジル人のときは担任もした。今まで、陽があたる窓側を好む訓練生を見たことがない。邦人訓練生にしても、シンガポール人訓練生や香港中国人訓練生も、窓側に座るのを嫌がった。陽光が差し込み、ポカポカして眠くなってしまうからだ。いくら冬とはいえ、陽光を直接浴びれば、暑くてしょうがない。授業中、あまり日が差し込むときは、カーテンを閉めている。
「真冬に太陽を浴びられるなんて、最高!」
暑ければ、脱げばよい。眠気もポカポカも、なんのその。電気のまぶしさと太陽のまぶしさは別というのが、ヨーロッパ人CAたちの言い分なのだ。
「水と安全はただではない」という言葉があるが、「金を払っても、太陽を浴びよう」という言い方もできるくらいだ。日本人もリゾート地は好きだが、「太陽を求めて旅行に行きます」とは、あまり聞いたことがない。
そのようなヨーロッパ人CAたちなので、一人前となり、乗務で日本に滞在するとき、夏はもっぱらホテルのプールサイドで日光浴をする。ところが、白い肌は、強い太陽の光に慣れていない。2、3時間焼いただけ真っ赤になり、水ぶくれになってしまう。そして乗務できなくなることが起きる。たいてい、新人の時に、この失敗をする。
9月初旬に、フランクフルト・東京間を一緒に乗務したドイツ人CAが、
「東京の天気がよいといいけど・・・、晴れていたらプールサイドで焼くの」
「ドイツは、もう気温が15℃くらいなの。東京でしっかり太陽を浴びなくち
ゃ」
と言っていたのを思い出す。
《痛イノ嫌イ》
訓練トピックスのひとつに、イギリス人訓練生を救急車に乗せ、大病院に運び込んだことがあった。
イギリス人は痛さに弱い。日本人だったらがまんできる痛さでも、耐えられないという表情をして訴えてくる。イギリスの会社では、欠勤が多いという話をよく聞く。これは、労働価値観の違いもあるが、イギリス人が痛さに弱いので、欠勤が多くなるのかもしれない。
東京訓練を開始して2週目の月曜日。午前中の授業もそろそろ終りという時、ミッシェルがお腹を痛がっていると、クラスの仲間が教えてくれた。
社内診療所に連れていき、診察を受けさせた。英語でのやりとりなので、どのくらいの痛さか、医師も通訳している筆者も、いまひとつ感じがつかめない。とにかく痛がっている。本人はウーウー唸っている。診療所の医師は、もしかしたら虫垂炎かもしれない、会社が提携している大学病院へ運んだ方がよいと言う。先生のアドバイスに従い、救急車を呼ぶことにした。
お医者さんは、問診で、どのような病気か、ある程度推測するのだが、外国人だと、どうも勝手が違うようだ。設備がしっかりしたところで検査したほうがよい、と判断したらしい。救急車には、パトリシアと私が付き添って乗ることにした。病院には、診療所の医師が連絡してくれている。
連絡を入れておいたので、病院側は準備して待っていてくれた。さっそく救急治療室に運び込まれ検査が始まった。1時間程で検査が終り、担当医が出てきた。訓練が始まったばかりなのに、手術となれば訓練に支障をきたすことになる。あれやこれや心配していた。ところが、担当医の話では、病状はたいしたことなく、疲れと食べ合わせが悪かったことが原因らしい。しばらくしたら帰宅させてよいと言われ、安堵したのを思い出す。あとで本人に聞いてみると、訓練で疲れていたけど、週末にサタディナイトフィーバーしたらしい。
〈どうしてあんなに痛がるのだろう〉
食べ合わせが悪かったくらいで、日本人はあれほど痛がらない。
彼女たちは、痛さが伴ったら、もうダメだ。痛みに対する耐久力はあまりないようだ。痛みをがまんするという発想はないらしいことが判った。仏教の影響もあり、日本人は小さいときからがまんしなさい、がんばりなさい、と言われ育ってきている。痛みに対しては、欧米人よりがまんできるようだ。
つづく
「イギリス人キャビンアテンダント訓練奮闘記」は以下第1章~第6章を順次掲載予定!;
興味深いタイトルをご案内します
今すぐ読みたい方にはスチュワーデス塾サイト内「異文化講座 -イギリス人CA訓練奮闘記―」、よりご覧いただけます。