第3回WEB講座 
大阪観光大学観光学部 中村真典教授 (元日本航空客室訓練部長)
JCAA日本キャビンアテンダント協会 
サービス&ホスピタリティ研究室メンバー
「キャリアデザインワーク プロフェッショナル社会人 
社会生活と自立のためのルール編」ホルス出版 第15章から

 


「よりよい社会人」をめざして

私が社会人になったとき、入社式で社長が、「よりよい会社人である前に、よりよい社会人であってほしい」と訓示したのをよく覚えています。 客室乗務員になるための訓練でも、訓練部長が、「よりよい客室乗務員は、よりよい日航社員であり、よりよい日航社員は、よりよい社会人である」と力説していました。


「よりよい社会人」とはどんな人でしょうか?正解はありません。答えは皆さんのみならず、実際に社会で働いている人でも異なるでしょう。しかし、少なくとも、自分なりの答は必要です。それなしには目標を立てられないし、目標がなければ、めざしようがありません。車でドライブするのに、目的地が決まっていないのと同じです。車のナビにインプットしようがありません。


よりよい社会人とは? 
私の答えは、「ホスピタリティ・マインドを行動に移せる人」です。

 

1.ホスピタリティ・マインド

ホスピタリティは「おもてなし」と簡単に言い換えられることも多いようですが、もちろんそんなに単純ではありません。英語のHospitalityがさまざまに訳される中、全部の意味を包括してカタカナで「ホスピタリティ」と表記するのが一般的になってきました。


講義科目の中に「ホスピタリティ論」という授業がある大学が存在し、実は私もある大学で実際に「ホスピタリティ論」を担当したことがあります。授業15回で2単位。90分×15回ですから、22時間半の間説明するだけの分量があるわけです。「おもてなし」だけで片付けられる内容でないことは想像できるでしょう。


しかしここでは、ホスピタリティの中味には立ち入りません。一般的に言われているように、「思いやり」や「心からのおもてなし」という意味合いで十分です。そのホスピタリティの心、「おもてなしの心」という意味でここでは「ホスピタリティ・マインド(Hospitality Mind)」という言葉を使います。


「もてなす」を辞書で引くと、人を取り扱うこと、特に「心をこめて客の世話をすること」などと解説されています。「お世話をする」というと、いかにも細やかなサービスでお客様を歓待する老舗旅館の女将のようなイメージですが、これは何も特別な職業にだけ求められることではありません。ホスピタリティ・マインドは本来人間が持っている優しさ、いたわりの心、思いやりの心の表れだからです。今の学生はコミュニケーション力が不足していると指摘されがちな現代だからこそ、自分の中にあるホスピタリティ・マインドに光を当ててみることは重要です。

 

2.訓練生Aさんの話

私は大学教員になる前、約30年間、日本航空の客室乗務員(CA)として働きました。退職する前の何年間かは客室乗員訓練部長として、入社したばかりのCA訓練生たちを迎え、必要な教育・訓練を行って、実際の飛行機に乗る部門へ送り出す仕事をしました。

ある新人養成訓練のクラスがまもなく終わろうとしていたときです。航空業界のライバル社である全日本空輸(ANA)の訓練部からメールが届きました。

先週の金曜日朝、京浜急行羽田空港駅で一人のお客様(年配の女性)がANAカウンターへの行き方がわからず、途方に暮れていたところ、若い女性に声を掛けられ、親切にもカウンター前まで連れてきてくれた。名前を聞いても教えてくれなかったが、歩きながら話した内容から、お客様は「スチュワーデス訓練生だった」と言っている。残念ながら弊社では、現在、新人訓練は実施していないので、JALの訓練生かと思われる。指導に生かしていただくべく、情報としてお伝えする。

 

そのとき並行して行われていた新人養成訓練6クラスの担任インストラクターに尋ねても誰も心当たりがありません。各クラスで尋ねてもらいました。するとあるクラスのAさんが名乗り出ました。彼女はその日、何も言い訳しなかったようで、単なる遅刻扱いになっていました。 彼女からの聞き取りレポートが提出されました。

羽田空港駅のホームでおばあさんがキョロキョロしているので声を掛けたところ、ANAのチケットを見せ、行き方が分からないと言った。ANAカウンターへの行き方を説明したが、分かってもらえない。お連れしたいが、そうすると授業に遅刻してしまう。しかも、お客様はJALではなく、ANAにお乗りになる。迷った末、お連れするしかないと判断した。困っているおばあさんをそのまま残して立ち去るわけにはいかなかった。

 

3.Aさんの原点

昼休みに、Aさんに部長席まで来てもらいました。目のきれいな、清楚な感じの訓練生です。今回の行動を褒め、これからもそのホスピタリティ・マインドを機内で発揮してくれるようお願いしました。

その後、クラスの担任が、訓練日誌に彼女が書いた文章を持ってきてくれました。

小学校を卒業する時に校長先生が贈ってくれた言葉を今でも手帳の一番最初のページに毎年書き写しています。
 「花がきれい!星がきれい!それに気がつくあなたの心が一番きれい!」
とても単純な言葉かもしれませんが、私にとっては魔法の言葉です。

辛かったとき、悔しかった時、誰かを悪者に感じてしまった時、自分を悪者に感じた時・・・。空を見上げて「きれいだなー」と感じた日には、いつもこの言葉が私の隣にありました。そして、こんなにひどい自分でも「心はまだ生きているんだ・・・」と励まされ、たくさんの壁を乗り越えてくることができました。おばあちゃんになっても、この言葉を忘れない私でありますように・・・。

訓練が始まって間もないころ、彼女のこの文章に感動した担任がホームルームでクラス全員に紹介したそうです。クラス内に朝から清々しい雰囲気がみなぎり、それ以来、彼女はクラスのムードメーカーになりました。彼女の行動の原点とも言うべきホスピタリティの源が現れています。

CA訓練生としてのAさんは少し要領の悪いところがあり、成績は中の下だったようです。訓練部での座学中心の訓練の後、実際の機内で行われるOJT(On the Job Training)では、丁寧な仕事ぶりが評価されて、中の上、くらいに。そして乗務を始めて半年後に行われるシックス・マンス・チェック(Six Month Check)では、堂々クラス2位の成績になっていました。やはりホスピタリティあふれるサービスは、理解されるのに時間がかかったとしても、最後には周囲の評価を勝ち取るものです。

 

4.私への影響

Aさんが訓練部を卒業して約半年後に、私は関西空港への異動が決まりました。 訓練部へ出社する最終日には、その日から始まる昇格訓練があり、開講式の挨拶が実質私の最後の仕事になるはずでした。


開講式・閉講式の部長挨拶にはずいぶん時間を掛けて準備をしてきました。新人の訓練であれば、訓練生は毎回違うのですから、同じ話でよいと考える人もいるでしょう。しかし、クラス毎に四年制大学卒が多いのか、短大卒が多いのか。出身は首都圏が多いのか、地方が多いのか。クラスによって特徴があります。いわんや、閉講式では、各クラスそれぞれにがんばってきた経緯があります。私は極力それらを活かした、そのクラスに向けてのスピーチを用意したいと考えていました。


その集大成ともいうべき最後の開講挨拶です。悔いのないよう準備し、練習しました。ところが、その朝乗ったJR総武線快速電車が山手線の人身事故の影響で大幅に遅れ、私が羽田空港駅に着く時間が開講式の始まるギリギリになることが分かりました。それでも何とか挨拶には間に合います。


メールで事務局とのやり取りを終えると、私の横の老婦人が不安そうな表情で航空券を見ていることに気付きました。見ればJALの札幌行きです。話しかけると、一人で飛行機に乗るのは初めてで不安なこと。乗り遅れるのではないかと心配であることが分かりました。このまま車内アナウンス通りに羽田空港に着けば何とか間に合います。ただ急いでJAL出発カウンターまで行く必要があります。尋ねると、羽田空港のJALカウンターの場所もよくご存知ない様子で、説明しても到底理解していないのは明らかでした。


私が直接カウンターまでお連れするしかないか?
すぐにAさんの顔が思い浮かびました。


羽田空港に着いて、JALカウンターに向かう、ということは開講式に出られないことを意味します。連絡すれば、訓練部次長が私の代行として出席し、挨拶もしてくれます。ただその場合、私が準備してきた開講式の最後の挨拶はできません。


躊躇はありませんでした。Aさんは他社のお客様でさえ遅刻してでもお連れしたのです。JALのお客様をご案内するのと自分の仕事をするのとの比較です。私に何の迷いもありませんでした。もちろんAさんの事例がなくても同じ結論だったとは思います。しかし、躊躇なく判断できたのは、Aさんのおかげです。大げさに言えば、彼女のホスピタリティ・マインドが私の行動を方向付けたのです。

 

5.おばあちゃんへの手紙

時代はずっと遡って、私が飛び始めた頃。そう30年近くも前の話です。私の先輩のグループでこんなことがありました。

JAL国内線の東京発千歳(札幌)行きの飛行機に「ちびっこVIP」(お子様一人旅)の男の子が乗ってきました。親御さんの躾がちゃんとしているのでしょう。搭乗時からきちんと挨拶をし、何かサービスされると、笑顔でお礼を言います。お話も上手です。CAのみんなが感心してしまうほどでした。


話を聞くと、札幌のおばあちゃんの家へ遊びに行くと言います。機内でお子様に普通に配るおもちゃはあげたものの、もっと何かしてあげたくなったCAの一人が、ご家族へお手紙を書いて、男の子に手渡しました。

「○○ちゃんのお家のみなさんへ
○○ちゃんは機内でとてもいい子でした。お行儀100点満点です。ご家庭でのきちんとした躾ぶりが偲ばれます。みんな感心してしまいました。

                                 XXX便客室乗務員一同」

後日、その男の子のお母様から、乗員部へ手紙が届きました。思いがけない内容でした。

その昔、ご両親は北海道から駆け落ちをして上京しました。未だにおばあさまの怒りは解けず、嫁と認められていません。ただ、さすがに孫は可愛く、やっと孫だけが行き来できるようになりました。
?

今回、おばあさまがCAからの手紙を読み、孫を褒められた嬉しさから、ちゃんと孫を教育している嫁を許すことにした、とのこと。
?

そのきっかけを作ってくれたCAへの礼状でした。
複雑な家庭の事情など知るはずもないCAでしたが、その子のために何かしてあげたいという優しい気持ちが、家族の和解という、思いもかけぬ結果を生んだのです。

同じ飛行機に乗り合わせる、ということは、人生を共有することであり、大きな転機にもなりうるという証明でした。
当時まだホスピタリティという言葉はありませんでしたが、まさにCAのホスピタリティ・マインドの発揮がその男の子とご家族の人生を変えたのです。

 

6.まとめ

いくつかのエピソードを紹介しました。

「よりよい社会人」の行動の根底には、ホスピタリティ・マインドが必要だと私が考える理由が少しでも理解していただけたでしょうか? たった一人の行動でも、Aさんにようにおばあちゃんを助けることができます。その行動はクラスメイトによい影響を与え、その所属長(私のことですが)にまで影響が及びました。


一人のCAの機内サービスがある家族の運命を変えるような奇跡を起こしました。個人が周りを動かし、それが大きな輪となり、ついには社会を動かす。ホスピタリテイ・マインドにはそれほど大きな力があります。


皆さんそれぞれの心の中にホスピタリティ・マインドは存在します。まずその存在に気付くこと。そして、それを大切に育てることが重要です。 ホスピタリティ・マインドを行動に移していくこと。それには努力と経験が必要で、このワークブックをしっかり学ぶことは大きな助けとなるでしょう。「よりよい社会人」をめざして、さらに研鑽を積んでいってください。

大阪観光大学観光学部
教授 中村真典

「キャリアデザインワーク プロフェッショナル社会人 社会生活と自立のためのルール編」ホルス出版 第15章から

 

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