サービス&ホスピタリティ研究室

第6回 WEB講座

「CAになりたいあなたへ ~教えてください!訓練部長~」ホルス出版 第8章「閉講式」から
JCAA日本キャビンアテンダント協会 
サービス&ホスピタリティ研究室メンバー
大阪観光大学観光学部 中村真典教授 (元日本航空客室乗員訓練部長)

▼父の話
さて、閉講にあたって、過去の訓練部長がいちばん多く言ってきたのは「初心忘るべからず」という言葉です。OJT に臨むにあたっての今のみなさんの新鮮な気持ち、お客さまから初めて「ありがとう」と言われたときの感動、いたらぬ自分を指導してくれる先輩への感謝、そういった新人のころの純粋な心を忘れないでいてほしいという願いを込めて、訓練生を送り出してきたのだと思います。
ここに私が 12 年前に書いた文章があります。1995 年 6 月に書きました。どうしてそこまでわかるのかと言うと、オピニオン・コンクールというのに応募したのです。私はそのときチーフパーサー、今でいうキャビンスーパーバイザーの 5 年目でした。たまたま、雑誌で流通サービス新聞が創刊 5 周年を記念して「お客さまとのふれあいを考える」オピニオン・感想文コンクールを実施するというのを知ったのです。テーマは「お客さまとのふれあい」に関することなら内容は自由。日頃の仕事を通して、お客さまに対して心がけていること、感じたことなどを 400 字詰原稿用紙 2 枚~ 5 枚にまとめます。
ということで一所懸命考えて書きました。1 席 1 編 30 万円、2 席 2 編 10 万円でしたが、もらえませんでした(笑)。それほど、たいしたものではなかったということでしょう。でも 3 席 3 編には入って記念品をもらい、新聞に掲載されました。その文章をみなさんに聞いていただきたいと思います。若干、プライベートな話ではあるし、今にしてみると考えが未熟な部分もありますが、原文のままで聞いていただきたいと思います。

父の話

二年前の春、私の父は急性心不全のため六十三歳で死にました。若い時から病気ひとつしたことがなかっただけに、まさか平均寿命にも届かず死んでしまうとは思いもよりませんでした。
父は高知の貧しい漁師の六男坊として生まれ、最終学歴は尋常高等小学校卒。身長百六十三センチ。戦後いろいろな職に就きながら小さな店屋を始め、大成功とはいかないまでも、姉と私の二人の子どもを育て上げました。六十歳のときに店をたたんで三重県の桑名に住む姉の近くに家を建て、大好きなゲートボールの練習に精を出す毎日でした。
私は小学六年で身長が父を超え、中学二年のとき腕相撲で父に勝つようになり、父が教えてくれた碁も、高校生のころにはほとんど私のほうが勝つようになりました。大学を出て社会人になると、自分はすっかり一人前で、あらゆる点で父を超えた存在のように感じていました。父もまた、そんな私が自慢の息子で、誇りに思ってくれていたようです。
父が死ぬと、新興住宅地での葬儀だというのに雨の中たくさんの人が集まってくれました。
葬式のあと、いろいろな方が父の話をしてくださいました。持ち前の器用さを活かして、できたばかりの子供会のために、グラウンドに倉庫を建て、ボール収納箱をいくつも組み立てたこと。自治会の依頼で、町内の地図を新しく作成したこと。台風シーズンには近所の網戸を直してまわったこと、などなど。
また、ゴミ収集所に残された分別の違うゴミ袋を、近くの家が悪臭で困るだろうと、公園の木の陰に運んでおき、然るべき日にまた出していたとか。母がみっともないから止めさせようとしても、どうしても聞かなかったそうです。
「中村さんは人からお礼を言われると、本当にうれしそうな顔をしていらした」
自治会長さんが何気なく言ったように、父は他人に喜んでもらうのがなによりうれしいという性格だったようです。
父の遺影の前に一人座り、私は「お父さん、あなたはけっこう立派だったんだね」と声をかけました。そのとき、思ったのです。
「息子たちは、私の葬式のとき、今の自分のような感動や尊敬の念を持って私の写真を見るだろうか」
私がこれから会社でどこまで偉くなるか、財産をいくら残すかといったことは、葬儀の豪華さに関係はあっても、息子たちに本質的な影響を与えそうにありません。
人間の価値は外見や学歴、収入などでは決められないとは、だれしも言うことです。私もそんなことで人を判断していないと思っていました。では、私はなにによって『父を超えた存在』だと信じ込んでいたのでしょうか。
私は今、客室乗務員として飛行機の中でお客さまにサービスする立場にいます。お客さまとのふれあいを考えるうえで、私は父の葬儀を通して、大切な考え方を再確認したような気がします。それは、他人の喜びを自分の喜びとすることです。
「初めてのフライトで、お客さまが飛行機を降りるとき、ありがとうと声をかけてくれたのが、一番の思い出です」
多くのスチュワーデス(CA〔著者注〕)が口にする言葉です。しかし、意思表示があまり得意ではない日本人旅客を相手に長年サービスしていくうち、その初めの感激は徐々に薄れていきます。
サービスすることによってお客さまに喜んでいただく。そのことが自分にとってもうれしい。そうした考えが初心やただのサービス理論ではなく、自分のものになったとき、つまり人生観にまでなったとき、サービスは単なる「給仕」「客扱い」から、本来の語源である「奉仕」に近い、本物の「お客さまとのふれあい」にまで昇華するのだと思います。
サービスに携わる人間として、私は今、父の笑顔を念頭に毎日の乗務に臨んでいます。いつの日か、本当の意味で「父を超える存在」になることを目指して。

1995年6月

 息子たち、というのが開講式のときに申し上げた、この春社会人になった長男と現在大学 3 年の次男です。まだまだ死ねませんね。
みなさんの OJT が実り多いものであることをお祈りして、閉講の挨拶とします。
お元気で。

掲載一覧
第6回
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